決意&決断の本当の意味は!?幸せになりたいのか、どうなのか?

決意&決断の本当の意味は!?幸せになりたいのか、どうなのか?

 

 

決意と決断。この違いは何!? っていうお話ではありません。笑

決意&決断の本当の意味、解釈。アセンション、5次元視点での捉え方についての記事になるかなと思います。kuさんのブログからの引用ですが、とても腑に落ちたので、関心ある方の参考になれば嬉しいです。

 

この決断というのは、実は人生の途中で氣づき始めたとても重要なポイント

上手くいかないことが連続でずーっと、続いたことがキッカケでした。めちゃ痛い経験から学びました。今となっては、当時の多々あった痛い体験に感謝できる様になりました。笑笑

流れが読める様になりました。お知らせサインに氣づける様になってきました。そもそも、痛い体験は少ない方がお得。『二度あることは、三度・・ 』のよく聞くフレーズの意味がとても解る様になりました。

私の場合も、アンラッキーを度々味わってきました。不運期間の長さや深さに関係なく、『氣づけたら変えられる』。氣づくことの大切さも学びました。

未来の私、ハイヤーセルフがせっせと問題を段々大きくしてくれたおかげです。徐々に軽く良くなると見抜けませんからね、当たり前だけど。大袈裟に悪化していってくれないとね。笑

進む方向が違うんだから・・ STOPかけてくれないと分からない。氣づきが遅れれば遅れるほど、酷いと最悪というか最高なケース急ブレーキがかかります。強制終了です。

無難から大難になるのは、方向的には大正解。もちろん、氣づきが早ければ無難なまま無難に済んでしまえる。実に、喜ぶべき苦肉の策略・お導き作戦だったってこと。

ハイヤーちゃん、ラブレター沢山送ってくれてありがとう。感謝です♫

 

 

 

 

決意、決断w(kuさんブログより

 

ku自身も若い時から決意、決断の連続をしてきた記憶が沢山あります。

この地球という世界では、この決意とか決断は「 自分自身がする 」というよりも、本当は流れの中で、そうなることが多いようです。

結果的に、自我のレベルで運命を決める、決断して前に進むということになりますが、自分自身が「無」の時、思考がないときからワクワクした中でインスピレーションをもらい、そのような決断となっていくことが多いからです。

最終的には思考で決断するのですが、流れの中で本当はインスピレーションを受け取り、くびきを刺されてそうなった・・・といったところかもしれません。それはそれで決まって行ったことの確認し体験していくのです。

ただ、とても大切な節目であることは間違いありません。幻想の中ではあるものの、のこのストーリー展開の中で、自我のレベルであっても確認できるからです。この決意と決断がないと、やはりそのストーリー通りにはいかずに、違うパラレルとなっていくことが多いようです。

やはりここは三次元物質世界ですから、そのような自己実現的なストーリーもあるということです。幸せになりたいのか? どうなのか? やはり決意が出来て無い人は流されてしまうことも多いのです。

この起点でもある、幸せへの決意というものは、原点でもあり、行動の起点でもあります。そして、引き寄せられてくる展開を味わうことになります。ただその前には、決意するという起点があるわけです。

この世界の中で上手く人生が行っているような人というのは、ストーリーの中であっても、やはり決意、決断の連続で、そこに言い訳や愚痴はありません。そのようなストーリーを選びたいのであるならば、やはり大切な事なのかもしれません。

決意して、前に進んでみて、その結果を享受して、そして喜ぶストーリーというものもこの人間体験をしてみる・・・。統合しているような星々では、そのような流れはあまりありません。道を切り開いていくようなマインドもあまりありません。

統合しているということは、完璧の中で動くことになりますから、そのような切りひらく必要はなくてもいいのです。ただ、ここは地球です。まだ物質の世界と関係するなかでは、自分自身の意図をハッキリさせて前に進む事が、有意義なストーリーとなるのです。

そして、せっかく、この地球にせっかくストーリーを楽しみたいなら、いろいろな決意をあらたに固めていって、神社なんかで参拝して願を固めることも楽しい事なのかもしれないのです。

 

 

他人を幸せにすることで「自分の人生から逃げている」と、心がいずれ暴走(大鈴さんブログより)

 

「心」にヒビが入っていると 心が暴走して選択ミスをしてしまい人生が下降しやすいです。 だからヒビは修復した方がいい。それで、心にヒビが入っている人の中に、「他人の幸せを優先する人」がいます。

人を幸せにすること自体は、尊いことですよね。誰かの笑顔を見て心が温かくなる瞬間は、人生の中でも大きな喜びだったりします。でもその前に「自分が幸せであること」が欠けていると喜びは一時的なものに過ぎず、やがて虚しさに変わってしまう。

人によっては、他人を幸せにすることで「自分の人生から逃げている」ことがあります。

そういう人は、相手の反応に依存するようになる。相手が喜んでくれれば安心したり喜んだり。感謝されなければ不安になったり不満に思う。つまり、自分の幸せを他者にゆだねてしまうのです。

これは実際は「他人軸」で生きることになり、心が不安定になり、ヒビが入る原因です。

 

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